2026.09.28(Mon)ブログ
アスィール①:サウジアラビア南部の知られざる「恵みの山岳地帯」
いつも料理教室やイベントのご報告が多いこのブログですが、たまにはエッセイ風のものも書いてみたいと思います。まずは、サウジアラビアにまつわるお話から。
リヤドに住むサウジアラビア人の友人・マナールさん(仮名)が、初めて京都の我が家を訪ねてくれたのは2019年1月のことでした。 デーツ(ナツメヤシの実)やウード(沈香)、リヤドの代表的な建築物やラクダが描かれたコースターなど、サウジらしいお土産をいろいろ持ってきてくれたのですが、その中に、ちょっと不思議な可愛らしいマグネットがありました。 
「Saudi Arabia」と書かれているものの、そこに描かれた人々の装いは、私たちがよく知るサウジアラビア人の服装とはまったく違っていたのです。
「これもサウジアラビア人?」と尋ねると、マナールさんは微笑んで答えました。
「うん、そういう地方もあるのよ。サウジアラビアって、けっこう多様性があるの」
彼女のその言葉が、ずっと耳に残っていました。
後日調べてみると、それはサウジアラビア南西部の山岳地帯(アスィール、ジーザーン、ナジュラーンなど)に住む人々が受け継いできた伝統衣装だとわかりました。
一般的なサウジ男性の服装といえば、真っ白なトーブ(足首まで届く長袖ドレス)に、赤白チェックのシュマーグ(頭布)とイガール(黒い輪)です。しかし、マグネットに描かれた男性は黒い上着に色彩豊かな腰巻(フータ)をまとい、腰には曲げ短剣(ジャンビーヤ)を挿しています。そして何より特徴的なのは、頭にフレッシュな花やハーブを編んだ花冠を載せていること。彼らは「フラワー・メン」と呼ばれています。
また、女性の装いもユニークで、一般的にイメージされる黒いアバヤ(上着)やニカブ(顔を覆う布)を着けておらず、顔も髪も見えています。
男性の腰巻や短剣といった特徴に、隣国イエメンの伝統文化との共通点を感じる方もいるかもしれません。 サウジ南部州はイエメンとの国境近くに位置し、1930年代にサウジ領となって以降も、隣国と地続きの豊かな山岳文化を色濃く残してきた地域なのです。
果てしなく広がる砂漠と灼熱のイメージを鮮やかに裏切る、標高3,000メートル級の青々とした山々。年間を通じて霧が立ち込め、涼やかな風と雨が緑を育む、サウジアラビアの知られざる「恵みの山岳地帯」です。石造りの段々畑や険しい谷間では野菜やフルーツが栽培され、国内各地へと供給されています。
近年は「砂漠と石油の国」というステレオタイプを脱したいサウジ政府も、自国の豊かな多様性を象徴するエリアとして、この南部山岳地域のブランディングに力を入れています。
さて、フラワー・メンの花冠は、単なるおしゃれではありません。強い日差しから頭を守る「日よけ」であり、ハーブが放つ爽やかな芳香には、頭痛を和らげたり暑さを紛らわせたりする効果もあるのだとか。自然とともに生きてきた人々の、実用と美意識が融合した見事な知恵なのです。
この「フラワー・メン」に、私は6年後の大阪で、思いがけない形で再会を果たすことになります。
(次回「アスィール②:万博サウジアラビア館での再会と、受け継がれる美意識」へ続く)