2026.09.30(Wed)ブログ
アスィール②:万博サウジアラビア館での再会と、受け継がれる美意識
(前回のあらすじ:友人マナールさんから貰ったマグネットをきっかけに知った、サウジ南部の「フラワー・メン」。その数年後、大阪で・・・。)
2025年10月、大阪・関西万博の閉幕間際に、前述の友人マナールさんが再び来日しました。一緒に万博を訪れ、サウジアラビア館に入ったときのことです。
会場の映像展示を見ていると……あの「フラワー・メン」たちが、伝統舞踊を披露している映像が上映されているのを見つけました!
年配の男性が頭に花冠をつけ、銃を手にして、勇壮に踊っています。それを見守る幼い少年の頭にも、可愛らしい花冠が見えます(写真1・2枚目。著者撮影・加工)。6年前にマグネットで見た世界が、目の前で生き生きと動き出した瞬間でした。

ちなみに、この花冠には実に多様な表情があります。 著名な写真家が現地で撮影した写真集などを見ると、頭の上にワイルドバジルなどのハーブをうっそうと生い茂らせた、まるでブロッコリーのような大迫力の花冠を戴いている姿が強烈です。
一方で、万博の映像や日常のスナップでは、マリーゴールドやジャスミンなどの生花が一列・二列と綺麗に並んだ、すっきりと洗練されたデザインの花冠も見られます。
これが時期や植物の育ち具合による違いなのか、ハレの日と日常の使い分けなのか、あるいは「今日はとびきり華やかに装いたい」という気合の入りようによるものなのか――理由は様々のようですが、自然の恵みを思い思いのスタイルで日常に取り入れる、人々の豊かな美意識が伺えます。
そして、サウジアラビア館でもうひとつ、目を奪われたものがありました。壁面を彩る、鮮やかな幾何学模様です(写真下。著者撮影・加工)。

これは「アル・カト・アル・アスィーリ(Al-Qatt Al-Aseer)」という、サウジ南部アスィール(「アシ―ル」との表記もあり)州に見られる伝統の壁画美術で、この地の女性たちによって受け継がれてきたものだそうです。ユネスコ無形文化遺産にも登録されているのだとか。
「アル・カト」とは、アラビア語で『線を描く、装飾する』といった意味を持つ言葉。その名の通り、白壁に直線や三角形などの幾何学模様を丁寧に引き、色彩を流し込んでいく伝統技法です。連続する三角形は「バナート(娘たち)」と呼ばれ、世代を超えて技と想いを受け継ぐ女性たちの絆を表し、穂のような形は山岳地帯の実りを象徴しているそうです。
ハッと気づいて思い返せば、あのマナールさんがくれたマグネット(写真)の下部にも、赤・黄・緑・青の鮮やかな幾何学模様――まさに「アル・カト・アル・アスィーリ」が描かれていました! マグネットをもらってから6年越しに、万博の会場でその真の意味を知ることになったのです。
ところで、アラビア半島南部には、居住用に石や泥で建てられた塔のような多層建築物が見られます。サウジアラビア館でもらったシールのひとつには、アスィールの「リジャール・アルマ―」と思われる、茶色の石造りの高層建築群が描かれていました(写真)。
高層建築群の外側は、過酷な気候や外敵から身を守る要塞らしい重厚さがありますが、内部の壁には、美しいアル・カトが描かれています。毎年、ハッジ(大巡礼)の季節に、親族や近所の女性たちが集まり、祈りをこめて、またワイワイとおしゃべりを楽しみながら、家族・コミュニティの居住空間の壁を彩り、技術を伝承し、絆を育むのだそうです。
こうした多層住宅や壁面装飾は、アスィールだけでなく、他のサウジ南部州(ナジュラーン、ジーザーン)、さらにイエメン北部にも見られます。サウジ南部とイエメン北部は、かつて「大イエメン文化圏」として同じ地理・文化・生活圏を共有していたため、建築や装飾のスタイルに驚くほど多くの共通点があるのです。
男性たちの「花冠」と、女性たちが描く「アル・カト」。 万博のサウジアラビア館では、こうした豊かな「大イエメン文化圏」の伝統美術、服装、建築様式、さらに食文化(これについてはまた別のブログで!)にも光が当てられていたのが深く印象に残りました。
――さて、マグネットから始まったサウジ南部の文化探訪ですが、実はこの万博を訪れる少し前(2025年2月)、初めて訪れたサウジアラビアのリヤドで、まさにそのアスィール出身だという一人の若者と出会う機会がありました。
次回は、大都会リヤドでたくましく生きる彼の姿と、現代サウジのリアルな暮らしや結婚事情についてお話ししたいと思います。
(次回「アスィール③:リヤドで出会ったアスィール出身のタクシードライバー」へ続く)